朝日カワイソスwwwで書きました3回シリーズの中でも皆さんwktkしてました、
小泉政権を総括する社説を3回にわたり、随時掲載します。「構造改革」「外交」と続きます。
ですが。
キタ━━━━━━(゜∀゜)━━━━━━!!!!!!
電波ktkr!!!なんじゃそりゃああああ!!!wwwww
瞬発力外交の負の遺産 小泉政権、閉幕へ
今日
●●●朝日の社説 Ver.87は伸びるww
それでは中身をかいつまんで見ていきましょうw
●世論とらえた決断力
だが、マイナス面も小さくなかった。平和主義を掲げる日本が、大義のないイラク戦争を即座に全面支持したことは、反対を押し切って自衛隊を派遣したこととともに歴史に苦い記録として残る。アラブ世界での日本のイメージを傷つけたことも無視できない。
(´・ω・)?へ?そなの?
まぁ実際イラク派兵については私も『んー』って感じはあります。せっかく日本人は宗教に対して寛容な精神構造をもってるんだし(これは間違いないと思う)、米国とアラブ諸国の橋渡しを行うように動くって選択肢もあったんじゃなかろーかと思いますんで。
けど、マイナス面強調しすぎじゃね?wアラブ諸国で日本に対して批判声明出した国ってあったっけ?アルカイダか?
●アジア戦略の挫折
それを頓挫させたのは、靖国神社参拝に対する国際的な反発の強さを読み違ったことだ。
はいはいあなたの仰る世界って中韓だけですかあなたの仰る世界って中韓だけですかw
ここ数年の小泉外交で目立ったのは戦略の混乱である。戦略の欠如と言ってもいいかもしれない。国連安保理の常任理事国を目指すならば、アジアの大国である中国の理解は欠かせないはずだ。それが中国はもとより、隣国の韓国の支持まで得られなかった。
あ ほ か 。靖国参拝しなくてもいっしょだろーが。あの国は日本が右に行けば左を主張するのがはっきりしてるだろうに。
●「靖国」克服してこそ
北朝鮮問題でも、中韓との連携が不可欠なのにぎくしゃくした対応を強いられた。
中国:北朝鮮を説得すらできないほど影響力落ちてます。
韓国:北朝鮮の言いなりに日本に反発しまくってるだけです。
どうみても2国とも連携できませんし連携しても役に立つ国ではありません。
本当にありがとうございました。
靖国問題でダイナミズムを失ってしまった日本のアジア外交をどう立て直すか。自民党総裁選では靖国の争点化を避ける動きも出ているが、この問題を乗り越えることなくして展望が開けるとは思えない。小泉外交が残した最大の負の遺産なのだから。
まだこれを言うか。靖国問題を問題にするために放火しつづけたのはお前ら朝日新聞。
というか、従軍慰安婦・教科書検定・強制連行etc・・・・・
すべての特定アジア外交の問題点を作り上げたのはお前ら朝日新聞。
その負の遺産に対して(まぁ死んでないけど。早く死ねよ)大鉈を振るっているのが今の小泉外交。
そう思ってますが、何か間違ってる?
瞬発力外交の負の遺産 小泉政権、閉幕へ
小泉政権ができて5カ月後の01年9月11日、米国を同時多発テロが襲った。それ以前とそれ以後で、世界の景色は大きく変わった。先が読めない国際政治の荒海に、外交経験のほとんどない小泉氏がぶっつけ本番でこぎ出したのだった。
この5年を振り返って、二つの印象的な場面を思い出す。
ひとつは、同時多発テロ直後の訪米だ。米社会の衝撃がさめやらないなかで、首相はブッシュ大統領に「私たちは米国の味方だ」と手を差し伸べた。
その1年後、北朝鮮の平壌に乗り込み、厳しい表情を浮かべて政府専用機のタラップを下りた。国交のない北朝鮮への電撃訪問だった。拉致被害者や家族を取り戻す大きな成果をあげた。
●世論とらえた決断力
いずれも日本外交のイメージを打ち破る大胆な身のこなしだった。周到に準備を重ねて決断する従来の外交と比べ、小泉外交は政治的勘に支えられた瞬発力の世界である。
冷戦期も対立や紛争は絶えなかったが、世界政治の大枠は安定していた。その時代の日本外交が状況対応型といわれ、官僚主導の積み上げ方式がまかり通ったのは自然なことでもあった。
だが冷戦後、とりわけ9・11テロ後の世界は一気に流動化した。そこで求められるのは危機対応型の外交だ。スピード感のある決断力がものを言う。
白黒をはっきりさせる「小泉流」の手法は、外交の面でも時代の空気と要請にぴったり合っていたと言えるだろう。
首相の外交の最大の柱は、米国との同盟を強化する路線だ。アフガニスタン戦争、イラク戦争と米国に付き従い、自衛隊の役割強化などでも最大限、注文に応えようとした。
不安定な東アジアの情勢を見れば、米国との同盟の重要性は広く認識されている。ただ、ことさらその同盟に踏みこんでいった首相の狙いは何だったのか。
北朝鮮の核・ミサイルや中国のめざましい台頭などを背景に、国民の間に漂いつつあった漠然とした不安を感じ取ってのことではなかったか。
自民党政治にうんざりしていた有権者の気持ちを「自民党をぶっ壊す」という言葉でつかんだのと似た、首相独特の感度が働いたように見える。
だが、マイナス面も小さくなかった。平和主義を掲げる日本が、大義のないイラク戦争を即座に全面支持したことは、反対を押し切って自衛隊を派遣したこととともに歴史に苦い記録として残る。アラブ世界での日本のイメージを傷つけたことも無視できない。
対米重視が意味を持つのは米国が世界の安定装置として機能していたからだ。だが、米政権の単独行動主義は世界の安定を危うくした。米国が判断を誤るとき、同盟国としてどうただすか。日本が準備してこなかった問いが残された。
小泉外交のつまずきはアジア、とくに中国との関係だった。
●アジア戦略の挫折
政権初期から、いまのようなささくれだった中国、韓国との関係を思い描いていたわけではなかろう。良好な対米関係を基礎としつつ、近隣国やアジアと親密なつながりを築く。これが当初の外交ビジョンだったに違いない。
それを頓挫させたのは、靖国神社参拝に対する国際的な反発の強さを読み違ったことだ。
政治や経済などあらゆる面で日中は競い合い、あつれきが生まれている。アジア全体でも両国関係は大きな意味を持つ。これをどう安定させるか、外交の真価が問われる時期に靖国参拝で逆に抜き差しならない対立をあおってしまった。
修復のための努力はあった。新たな国立追悼施設を検討すると金大中・韓国大統領(当時)に約束したのもそのひとつだ。だが、参拝が度重なるなかで、売り言葉に買い言葉のような不毛な応酬に陥り、手がかりを失っていった。
中国などとの対話を重視する福田康夫官房長官が官邸を去り、やがて毅然(きぜん)とした外交が持論の安倍晋三氏が官房長官に登用される。それは近隣国外交での首相の挫折を反映した人事でもあったろう。
ここ数年の小泉外交で目立ったのは戦略の混乱である。戦略の欠如と言ってもいいかもしれない。国連安保理の常任理事国を目指すならば、アジアの大国である中国の理解は欠かせないはずだ。それが中国はもとより、隣国の韓国の支持まで得られなかった。
●「靖国」克服してこそ
北朝鮮問題でも、中韓との連携が不可欠なのにぎくしゃくした対応を強いられた。日中の不協和音は、両国を軸にした地域の発展戦略を模索する東南アジア諸国を困惑させている。
もともと外交とは複雑な連立方程式に似ているのだ。全体を貫く戦略性がなければ、ばらばらになってしまう。
靖国問題でダイナミズムを失ってしまった日本のアジア外交をどう立て直すか。自民党総裁選では靖国の争点化を避ける動きも出ているが、この問題を乗り越えることなくして展望が開けるとは思えない。小泉外交が残した最大の負の遺産なのだから。